新潟地方裁判所 昭和28年(ヨ)83号 決定 1953年5月29日
債権者 全国購買農業協同組合連合会
債務者 日東硫曹株式会社新潟工場労働組合
主文
債務者は債権者が新潟市末広通二丁目百八十番地所在日東硫曹株式会社新潟工場倉庫から別紙目録表示の化学肥料を搬出するについて入場及び作業の妨害をしてはならない。
債権者は新潟地方裁判所執行吏をして右妨害排除のため適当な処置をとらしめることができる。
(保証金二十万円)
理由
一、本件疎明によれば、(一)債権者は東京に本所を、東京初め全国五箇所に支所を有し、肥料等農村必需物資の一括購入及びその配給を行い、かねて日東硫曹株式会社(以下単に会社という)よりその東京、新潟、下関各工場にて生産する過燐酸石灰及び化成肥料の殆んど大半を継続購入しきたつたが、その取引方法は、あらかじめ三、四箇月分の買入数量を打合せておき、各月毎に数量代金等を定めて売買契約をなし(註文書及びその請書の交換による)、受渡は工場において叺詰の上工場側線貨車乗渡は或はトラツク、艀乗渡のこととし、代金は受渡後その旬末締切にて翌旬末に三十日又は六十日後満期の約手を振出して支払決済してきたこと、(二)そして従来とても各工場にて必要に応じ撒置場渡、撒トラツク又は艀乗渡にて受渡をした例もなくはなかつたが、特に、昭和二十七年十二月頃以降は労働争議によつて引取困難となる事態をも予想し、これに備えるため、各月契約毎に、「なんらかの事由により会社が積荷の発送を順調に行うことができない場合において、債権者が撒工場置場渡の請求をしたときは、会社はその請求に応じなければならない、(但しこの場合の価格は両者別途協議の上決定する)」旨の特約条項を附し、これを註文書にも明記せしめることとしたこと、(三)ところで債権者が註文契約した会社新潟工場分の昭和二十八年一月限より同年五月限までの過燐酸石灰は計一万七千九百五十瓲、同じく化成肥料は計約一万瓲であるが、これに対し、過燐酸石灰については四月限のもののうち千七百瓲及び五月限のもの二千五百瓲、化成肥料については四、五月限のもののうち約三千瓲が、それぞれ受渡未済となつたこと、(四)その間債務者は会社に対し賃金値上の要求を続け、同年四月十一日以来各職場交替の部分的二十四時間ストをなし、次いで同年五月十二日より全面的無期限ストをなすに至り、かくて右会社工場は債権者に前記受渡未済の肥料を叺詰にして正常に引渡すことができなくなつたため、やむなく債権者は同月十四日会社に対し前記特約に基き在庫品を撒のまま受渡すべきことを要請し、会社はこれを承諾し、翌十五日右新潟工場長より同工場に撒のまま所在する別紙目録記載の肥料を爾後債権者のため責任をもつて預かる旨の預り証(疎甲第五号の一乃至五)を債権者に提出して、ここに右肥料を債権者の所有となし、会社は債権者のためこれを占有保管することとして受渡を了したこと(なお、代金は債権者が撒肥料を貨車艀又は本船に積込みたるときを基準とし本契約に準じ支払うこととした)、(五)かくて債権者は同月十六日人を派しトラツクにて右肥料を引取搬出せしめるため右工場に赴かしめたるに、組合統制下の債務者組合員により入場を阻止され、その後も同組合において債権者の入場、搬出を実力にて阻止せんとする気勢を示しおること、(六)しかるに債権者は各県農業協同組合連合会、市町村の単位農業協同組合を通じ全国需要農耕者に肥料を適期配給すべき必要上、取引先たる生産会社工場の立地条件、生産数量その他を考慮し計画的に註文量を定めおるものであり、現時肥料界における需給バランスの不均衡工場在庫量の欠乏、日産化学を初め各生産会社における争議続発の状勢、延いて他社への註文指図の振替の困難なること(燐質肥料は燐鉱石を輸入にまつ関係上原料面より生産規制を受くる事情もある)、殊に春肥実施期(関東信越方面はほぼ五月末より六月上旬、近畿四国方面はほぼ六月上、中旬、九州方面はほぼ六月中、下旬であり、現下特に不足しているのは九州方面にて、同方面へは会社東京工場よりの出荷発送が予定され、新潟工場在庫の本件肥料は関東方面等への発送が予定されている)に当り、右肥料の早急出荷が、その発送予定先たる関東各県農業協同組合等より撒々として要請されおること(なお、右のうち化成肥料日の本印十二号については、特に甘藷植付期にある愛知方面等より緊急需要の申入がある)等の事情から、若し、本件肥料の出荷が遅延し、時期を失するときは、ただに債権者の業務計画に齟齬支障を来すばかりでなく、その需要先に対する信用を失墜し、契約解除、損害賠償の請求を受くる等債権者において有形無形の著しい損失を蒙るべきことが一応認められる。
二、(一)債務者は、従来会社製品の搬出引渡に関する一切の労務は債務者組合員がこれに従事しきたり、会社、組合間の現行労働協約第百二十九条には「会社、組合は争議中次の協定を遵守する。四、会社は争議中組合員以外の者を雇用しない。」と規定せられあるに拘らず、会社及び債権者が前記のごとく予め撒工場置場渡の特約をなし、争議中未だ半製品(債務者は検査包装の上保証票を附し初めて製品になるという)たる本件肥料を右によつて場外に搬出せんとするは、明らかに両者相通じて、右協約規定を無視し、債務者の行う適法な争議行為を、不当に実効なからしめんとするものであり、他面、右は、債権者が会社、組合間の争議に介入し労働者の正当な争議権を侵害するものに外ならないから、これを阻止するのは当然である、という。そして、通常債務者組合員が製品の搬出引渡に従事してきたこと及び会社組合間に債務者のいうごとき労働協約の規定が現存すること、又右肥料のうちには一部成分の検査を十分に経ていないもののあることは疎明によつて一応認められる。しかしながら取引の対象となり得る限り、生産品の処分は、一般に、会社が労働者に拘わりなく決するところであつて、そのため労働者の通常行う業務の一部が節約せられる結果となることも亦やむをえないところである。もとより、それは罷業中たると否とを問わない。然らば会社が罷業により労働者より労務の提供を拒否されおるに際し、これによる製品引渡の支障を避けるため、前記のごとく撒工場置場渡の方法により生産品を処分したとしても、そのこと自体もとより非難するには当らない。殊に本件においては、右措置が、特に債務者の争議行為を実効なからしむる目的に出で、なされたというごとき事情は未だ疎明されないところである。もとより会社が組合員以外の者を雇傭して会社業務を行わしめるものでもなく又これと同視すべき場合でもない。(本件肥料は債権者がその所有権を取得し、会社は債権者のため単に保管するに過ぎず、引取に関する一切の業務は債権者の責任においてなされる。)しかして、会社は債権者が引取搬出のため構内に入場し作業することを容認しおるものであるから債務者においてこれを阻止し妨害し得べきいわれはないものである。(債務者は債権者が会社に対し履行を請求すれば足り、争議行為によつて会社が履行できないならば契約を解除することもでき又会社に対し損害賠償を請求することもできるであろうという。しかし、会社は前記のごとく撒工場置場渡として債権者の所有となし、これをして引取らしむることとしたのであるから、右主張は前提を誤りいわれなき議論といわなければならない。なお、債務者は新潟工場倉庫には債権者が買受けたと称する数量より遙かに多量の肥料が収められており、本件肥料は特定し得ないものであるというが、同工場在庫の撒生産肥料全量について同工場長より前記預り書を提出し委付することとしたことについては一応疎明があるから右主張も理由なきものという外はない。)又、債務者は、本件肥料には所定の保証票が添付されおらず、その譲渡は肥料取締法第十九条に違反し無効であるという。しかし同条はそれ自体必ずしも効力規定とは解し難いのみならず、仮りに「各荷口又は各個」に附すべき保証票の添付を欠いたとしても、本件肥料は現実に未だ場所的移動なく、生産者工場の倉庫に保管されおるものであるから、随時補完のできる状態にあるものと一応認められ仮処分の適否についてはなんらの影響がないものといわなければならない。(二)次に、債務者は、本件肥料は比較的少量であり、これを搬出せずとも、直ちに農家生産に影響を及ぼすことなく、殊に現在一般農家においては田植前の肥料は入手済或は施肥済であり、差当り必要なる肥料ありとしても、僅少にて、各肥料会社諸工場の生産力よりすればこれを補うことも易易たることであり、仮処分の必要性はない旨縷々主張するけれども、その当らないことは前記疎明事実に徴し明らかである。なお、債務者は債務者組合を相手方として本件仮処分を求めるは失当であるというが、同組合において債権者の入場搬出を阻止せんとしていることは前記のとおりであるから、これを相手方とするになんらの妨はない。
三、然らば、債権者が前記工場に所在する本件肥料をその所有者として引取搬出するにつき、債務者より妨害を加えられ著しい損害を受くべき急迫な事情があるものといえるから、債権者より債務者に対し、債権者が該工場より右肥料を搬出するについて入場及び作業を妨害すべからざる旨の仮の地位を定むる仮処分を求むる申請は、理由がある。よつてこれを認容し主文のとおり決定する。
(裁判官 山村仁 三和田大士 緒方節郎)
(別紙目録省略)